~日本書字文化協会機関紙 No90~
令和3年(2021年) 7.8月号

◇大平恵理会長ご挨拶
◇第6回臨書展審査結果
◇同大会受賞コメント
◇書文協人模様(2)加藤東陽中央審査委員長

(第10回総合大会の「全国学生書写書道展」「全国硬筆コンクール」
応募締め切りは9/17です。同大会の実施要項、課題・解説一覧は書文協ホームページに掲載されています)

一般社団法人日本書字文化協会(書文協)
本部 〒164-0001 東京都中野区中野2-11-6 丸由ビル3階
電話03-6304-8212 / FAX03-6304-8213
Eメールinfo@syobunkyo.org ホームページhttps://www.syobunkyo.org

ご 挨 拶

一般社団法人・日本書字文化協会
代表理事・会長 大平 恵理

継続は力

陰様で書文協は今年12年目となります。現在、書文協ホーム
ページのリニューアルオープン準備を進めていますが、この12年間の写真を見直してみると、そこにはたくさんの方々に支えていただいた軌跡が写っており、感謝に堪えません。
    設立当初から一貫した書文協の思いは「書写書道の学びは運営す
る組織だけで成り立つものではなく、学ぶ人、そしてバックアップ
する家族、団体があってこその歴史である」ということです。この思いは、私が書写書道の指導に携わらせていただくようになってからずっと長く抱き続けてきたものです。そのためには公共性の高い組織でいたい、と書文協を立ち上げたと言えます。
 すでに他界していますが私にも両親がいて、書文協スタッフにも両親がいて、そして育てられ、継続して学んできた先に今があり、いろいろな団体、組織に支えられて書文協で仕事をし、現在があります。
 しかし、たったの12年間でも、この間の変化は大きなものがありました。IT化、国際化も進み、今や一般人が宇宙旅行を実現する時代です。一方、ウイルス感染や地球温暖化で大変な災害が発生し、また、民族間の深刻な紛争など残念なことも地球上で起こっています。
 一体、私たちは何ができるのでしょうか。
 その一つとして、誰にでもその気さえあればやれること、どんな小さなことでも良いと感じたことを「継続すること」があります。「継続すること」は自分の「力」になり、さらに人のためにもつながります。昨今の大学入試などでも「継続する力」が高く評価されるようになりました。そんな実利もさることながら、自分らしく生きる力をくれる一番の力が「継続する力」ではないかと思うのです。
「継続する力」は「ポテンシャリティ(潜在能力)と言われます。説明する必要もありませんが、どの道に進もうとも「継続する力」は前進の源です。書文協の行う各事業、検定やライセンス試験、全国大会、これらへの参加が、「継続する力」をバックアップするものとなったら嬉しい限りです。
 その「継続する力」が、応援していただけるご家庭などのおかげであることを忘れないでいたいと思います。

第6回臨書展審査結果

大賞に高校3年、石原君

第6回書文協臨書展は、前回より12%増の1040点の応募があり、特別賞6点、優秀賞10点が決まりました。大賞には石原颯(はやと)君が選ばれました。次々ページの受賞コメントにありますように、書写書道に初めて全力で取り組むなかでの受賞でした。大学生男子の今後の活躍が期待されます。(以下、受賞時学年は旧学年)
 
各部門別の応募者数は楷書筆写の部440点、常設課題の部384点、自由課題の部216点でした。

中国大使館文化部賞に小学6年、関口さん
 
今回から在日中国大使館文化部の後援を頂くことになり、同文化部賞も授与されます。初の受賞者は小学6年、関口美夢さんが選ばれました。コメント欄の注釈にあるように、中国との体験が多い生徒です。   
臨書展は年度末実施ですが、コロナ禍の影響で4月末まで締め切りが延されたほか、審査にも時間がかかりました。また、優秀作品展示会も中止に。ご了承ください。第7回臨書展は従来通り2022年3月下旬締め切り、6月に優秀作品展を予定しています。

ご 挨 拶

臨書展実行委員長(書文協副会長)
渡邉 啓子

文字を持たなかった日本民族は、中国から伝わった漢字から仮名を産み出し、漢字・仮名交じりの日本語が出来上がりました。日中はまさに同文の隣国です。
          
文字を持たなかった文明は滅びているとも言われています。伝達記号である文字が後世に様々なことを伝承してきました。甲骨や木簡、公文書や書簡、墓誌銘等、現代に残る文字から、息遣いが伝わってきます。
臨書は書写書道の大事な学びの一つです。形臨(技術面の習得)、意臨(書いた作者の意図や気持ちを汲み取る)、背臨(書風を自分のものとして取り込んでいく)と幅広く学ぶことで表現が広がります。
東京青梅市沢井に中国蘇州から伝えられた日本寒山寺と楓橋夜泊の石碑があります。そこを舞台として、常設課題を置き、展覧会はその地で開催しています。そのような環境を通じ、古代を身近に触れる機会として、どうぞ楽しみながらご出品ください。

審査結果

特別賞6点、優秀賞10点は以下の通り。(臨書展は年度末行事であり、学校名・学年は2020年度末現在です)
❖大賞
石原 颯   明治大学附属中野高校3年

❖中国大使館文化部賞
関口 美夢  青梅市立第2小学校6年

❖中央審査委員会賞
山下未来瑠  大阪府立北千里高等学校1年

❖日本書字文化協会会長賞
大平 麗雅  日本社会事業大学1年

❖青梅市日中友好協会理事長賞
本橋 明日香 中野区立中野中学校1年

❖日中文化交流促進会理事長賞
蜷川 千衣  中野区立桃園第二小学校4年

❖優秀賞
鈴木翔太-大阪・小3/原屋結花里-東京・小3/本橋由香里-東京・小4/米田琴音-大阪・小5/植田慎二郎-大阪・中2/竹内諒-東京・中3/近藤乃愛-秋田・高3/竹内茉永-長野・大1/石井美希-千葉・大2/田代未香-東京・一般

審査講評 加藤東陽中央審査委員長

本コンクールは、書写書道のコンクールであると共に、日本・中国寒山寺を舞台に日中文化交流の足場として、また、「楓橋夜泊」という漢詩を一つのテーマ的題材にすることで、言葉も意識していることに特徴があります。もちろん自由課題として日本、中国の他の古典の臨書も出品できますし、審査の点でも公平に扱われます。
今回大賞となった作品には、伸びやかさ、素直さがあり、線の黒と紙の白が響き合って心地よさを生み出しているといえます。
また、漢詩「楓橋夜泊」の一部分をそのまま行書で書いている小学生の作品がありますが、小学生が取り組む生涯学習としてよい出発点になっていると思います。練習のあとが筆力となって現れていました。

自由課題の部では、草書で2字連綿、3字連綿とリズム感があり、古典の筆意をつかんだ良い作品が多くありました。が、筆脈の点で不確実な部分がいくつかあり、誤字につながるものが見られた作品もありました。特に草書などで分かりづらい運筆は、辞書をひも解き、理解を深めるなどをして欲しいと思います。
作品づくりの基本的なことがら、点画の連続、文字の大小、墨の潤渇が自然によくできていることにも良い印象を受けました。
全体的に、書写書道に対する真面目な取り組みを感じられる作品が多く、奇をてらわない表現に好感が持てました。作品に正面から真摯に取り組むことはとても大切です。このような学びをぜひ続けてください。

(校名、学年は現在)

<大 賞>  石原 颯 (明治大学1年)

初めて何週間も頑張りました

このような賞をいただけて大変嬉しく思っています。毎回参加賞だったので驚いております。その差は、ひとえに私自身の心の持ちようであったと思います。私は何に於いても頑張り切れない残念な野郎なのです。いつも先生をはじめ周りの方々にケツを叩いてもらって何とかいままで生きてきました。前回までの臨書展も「ある程度できればいいや」ぐらいに思っていました。
ですが、高校を卒業する時期と重なった今回は、時間的余裕が非常にあり、他にすることがなかったのです。それでほんのちょっとだけやる気になりました。そうすると面白いもので時間を延長して練習するようになりました。それを何週間か続けました。その結果としてあるのが今回の作品でした。
偉そうに心の持ちようなどと冒頭で言いましたが、頑張ったのは、ただ時間があったからでした。今回は時間にケツを叩いてもらいました。いつかは誰にケツを叩かれるでも無く頑張れる人間になりたいものです。

<中国大使館文化部賞>関口 美夢(東京都青梅市立第2中1年)

中国は思い出多い国

3歳の時に出品した作品が中国で展示されました。中国に触れた最初の一歩です。2019年に行われた日中のコンクールで特賞をいただき、北京へ招待されました。そこでの交流では、互いに席書し、書き方等を学びあえる場を作っていただきました。中国の方の書き方や道具を見ると、作品に合わせて、使う筆の長さや太さ、質を変えていました。

良いものを書くには、練習も必要ですが、道具も大切です。最初に渡された筆は、書きにくかったです。色々書いて試していくうちに、お気に入りの筆を見つけ、それで書いてみると、「これはかきやすい!! とルンルン♪でした。気持ちよく書けましたし、楽しかったです。

日々の積み重ねを大切にするとともに、色々な経験を通して視野を広げることで、作品に生かしていきたいと思います。
(編集部注)関口さんが3歳の時に出品したのは日中国交回復40周年を記録し、中国江蘇省が主催した日中青少年国際書展。優秀作品は南京美術館で展示されました。この時書文協は約30人の訪中団を派遣しました。また、関口さんは2019年12月第1回日中青少年友好交流書画展で特別賞を受賞し北京に招かれました。書文協からは大平、渡邉正副会長と生徒8人が北京に渡りました。

書文協人模様  加藤 東陽先生

書文協の中央審査委員会委員長、加藤東陽(本名・祐司=ゆうじ)先生にとって、今年は節目の年です。恩師、小名木東邨に書を本格的に学び始めて50年が経ちました。東京学芸大学教授を定年退官したことを記念し、理事長を務める千紫会で1回目の「加藤東陽個展」を開いてから10年です。年齢的にも75歳の後期高齢者に達しました。
千紫会での2回目の加藤東陽個展が開催されている東京・六本木の新国立美術館を7月1日、大平恵理・書文協会長と共に訪ねました。同館で千紫会主催「第51回万紅展」が開かれ、会場の最初の100平米ほどの一画で「東陽の書」が特別展示されていました。同会は、書道史で著名な国定甲種小学書方手本を書いた鈴木翠軒が創始者の由緒ある団体。そこの理事長である東陽先生の作品を見て「ああ、普段から大きな器量の男だと思っていたが、彼の思いは則天去私だったのか」と納得がいきました。(文責・谷口泰三、文中敬称略)

則天去私の男

「則天去私」の言葉が浮かんだのは、個展会場に大きく飾られた夏目漱石の漢詩「無題二」の書を見た時です。青色の半切を2枚つないだ紙が6枚飾られた行草体の大作です。正直な話、筆者には草書は読めないのですが、「漱石詩」の標題案内と、ところどころ見える林,風などの行書体から、それが夏目漱石最後の漢詩「無題二」であることが分かりました。
漱石は和漢をよく作りました。49歳の若さで亡くなりましがこの漢詩は死の少し前に作られた文字通りの遺作です。56文字から成る7言律詩。「空中独唱白雲吟」で終わるこの律詩は、漱石の造語「則天去私」の思想を表したものと言われています。<公平無私な天を手本にして利己心を捨てるべきだ。小さな自分にとらわれず、身を天地自然に委ねて生きていく>という人生観です。
―先生、どうしてこの和漢を得ばれたのですか?
東陽 僕も歳ですからね。漱石の最晩年のものを選びました。
ああやはり、と納得。仰々しいことは言わない東陽先生らしい返事でした。
個展スペースに掲示されたのは、大小合わせて41点。1作目は「自在」の二文字。図録のあいさつ文で「これを機に、更なる自在な境地を切り開き、今に生きる、抒情性に富んだ書を極める新たな第一歩にしたい」と書いています。また、図録あいさつで、日本的叙情の原点を追い求める、としており、今回の掲示作品に万葉集からとった作品が多数ありました。
ここで、再び質問

―先生は書を書く時、まず何を考えますか?
東陽 まず言葉です。
なるほど、素朴な万葉の歌が多いのもうなずけます。

もう一つ、東陽先生の良く使われるのが「小宇宙」。
書は小品でも茶室や日本庭園などと同じように、小さな空間(余白)が大きな広がりを作り出す、日本独特の文化だというのです。

―書写書道の学校教育についてどう思われますか?
東陽 自国の文化を知るために、とても大事なものです。
例えば、茶室や日本庭園など、小さなものから大きな広がりを産む文化、こうした日本人独特の文化を教えるためにも大事です。

そこで追い打ち質問。
―書写書道は独立教科にせよと?
東陽 はい。文部省の教科調査官の頃から(国は書写は国語科の一領域としているので、言ってはいけないことだが)そう言っていました(と、笑った)。

「漱石詩」の前の加藤東陽先生

書字文化発展に尽力

東陽先生は高校教師を経て、1977年、東京学芸大学助手を皮切りに2001年、教授退官まで同大学に奉職。この間、文部省初中局高等学校課教科調査官を5年間務めた。書道の技と教育論を兼ね備えた東陽先生を書文協に引き合わせたのが故・井上孤城先生。孤城先生には書文協の立ちあげの時から人選などを含め大変お世話になりました。中央審査委員会にこれだけの権威者を集められる人はまずいません。その孤城先生いわく「この男は傑物だからね」。2018年、孤城先生の跡を継いで全日本書写書道教育研究会(全書研)の会長に就任しました。全書研は学校の教師たちの教科研究団体。東陽会長は孤城先生の路線を引き継いで「書字文化の発展」を掲げて活動しています。

流派を超えた審査

書文協の流派を超えた審査を体現していただいています。

―審査の基本を教えてください。
東陽 書字文化を連綿としたものにするものとして社中(書の流派団体)を否定はしません。しかし、審査は一流一派に偏らないため、「最大公約数」で考えます。例えば、細い線、太い線を押す社中の主張はそれぞれとして、審査はまず可読性に重点を置きます。

加藤東陽先生プロフィール
加藤東陽 本名・加藤祐司(かとう・ゆうじ)1945年11月生まれ
1970年埼玉大学教育学部卒業 高校教師を経て1977年東京学芸大学教育学部助手、この後2011年の教授退官まで学芸大学で研鑽を積む。この間5年間、文部省初等中等教育局高等学校課教科調査課。現在、同大学名誉教授、全日本書写書道教育研究会会長、読売書法会理事、全日本書道連盟常務理事、日本武道館書道事業審査部長
教育出版社の小学・書写、中学・書写、新編・書道の監修、執筆。